宝石物語 日常のストーリー


アメシストが結んだ25年もの恋の結末

 

忘れられないほど好きな女性がいたとしても、普通の男性には彼女の面影を25年間も追い続けることはできないでしょう。

 

長野県のある町に住んでいる山中澄夫にとっては、できないことができたからこそ奇跡も起こり得たのです。

 

花の都である東京が、山中にとっては失恋の都となりました。

 

25年前の1958年に、東京で働く山中には恋人がいました。

 

その3年前に長野県から上京していた山中には、結婚を誓い合った東京に住む恋人がいて、銀座に食事に出かけたデートのときに、恋人の誕生石であるアメシストの指輪を愛の証として贈りました。

 

しかし、彼女の両親はふたりの結婚に反対したために駆け落ちすることを決心します。

 

そして、山中は、約束の場所で恋人を待ち続けたのですが、恋人が現れることはありませんでした。

 

山中は、失意の内に仕事もやめて長野に帰ります。

 

素敵な女性は世の中にたくさんいるのだ、彼女のことなど忘れて、ほかの女性を見つけよう、そう自分に言い聞かせようとしたのですが、彼女のことを忘れることができませんでした。

 

そのような気持ちでいるうちに数年が経過していたこともあり、恋人が今どうしているかもわからなくなっていました。

 

それでも山中は時間があると、恋人に会えるかと思って東京に向かい、いままでデートしていた美術館や公園など、あらゆるところに足を運んでみます、そして、最後に落ち合う約束をした場所にも・・・。

 

でも彼女との再会は果たせず、年月ばかり過ぎ去っていくことになります。

 

偶然に

駆け落ちの約束をしてから、20数年後のことです。

 

ほとんど諦めていた山中だったのですが、ついに彼女と再会することになります。

 

といっても、地元の小さな美術館で、たまたま期間限定で展示されていた絵の中に描かれた人物が、彼女にそっくりだったのです。

 

「この絵のモデルを教えていただけませんか」

 

山中は、丹念に調べていって、その絵の画家と連絡をとることができ、モデルだった女性の住所を聞くことに成功します。

 

いてもたってもいられず、さっそく、その住所に向かい、着くなり部屋のドアをノックします。

 

中から娘が出てきたので、山中は、

 

「あなたは、25年前に、私がよく知っていたひとにそっくりなんです」

 

いきなりの訪問で、お詫びもそこそこに自己紹介の後に、すぐに本題を話し始めたのです。

 

忘れ形見

「あなたは、目も鼻も口も、私の恋人にうりふたつなんです」

 

応対する娘は、中年男性である山中の眼を見つめて「失礼ですが、その恋人の名前は何とおっしゃる方ですか」

 

山中は、「恵美、荒井恵美です」

 

すると娘は、「私は、西島好美といいます、荒井恵美は母の旧姓です」

 

山中は驚いた顔で「やはり、お嬢さんでしたか」

 

「はい、それが母は、私を産んで間もなく亡くなりました」

 

娘はそう答えると、身の上を語り始めた。

 

それによれば、娘の父である西島氏も妻の後を追うように亡くなり、娘は母方の祖父母の手で育てられたというのです。

 

娘は、その祖父母から母が駆け落ちしようとしていた経緯も聞いていました。

 

そして、母はあくまでも駆け落ちするつもりだったのですが、両親が警戒してしばらく軟禁状態にされたこと、その後、半ば強引に西島氏の元に嫁に出されたというのです。

 

そして、両親に対する恨みから娘を両親ではなく、一番信頼していた祖父母に託したということでした。

 

娘は「母が愛していたのは、山中さん、あなただったんです」

 

西島好美は、母の思いを代弁するかのように話し終えると泣き崩れました。

 

山中は、黙って娘の肩を抱きしめました。

 

それは、懐かしい恋人に触れたような安心感を覚えたのです。

 

それから、娘は部屋に戻って何か持ってくると、

 

「これは母の形見の指輪です。

 

出来かける時はいつもしています」

 

と、山中が恋人に贈ったアメシストの指輪を差出しました。

 

愛とは不思議なもので、母と同じように、娘は山中に好意を持つようになり、山中もまた、恋人の忘れ形見を好きになったのです。

 

成就

そして、ふたりは結婚することになります。

 

それは、25年前にアメシストの指輪を贈った恋人が時を経て再び娘となって山中と出会い、結婚したようにも思えます。

 

とすれば、ふたりを見えない糸で結んでくれたのは、愛の証であったアメシストの指輪なのかもしれません。

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