ニュージャージーで真珠発見!

1857年 ニュージャージーで真珠発見!

 

ニュージャージーで真珠発見

1857年、ニュージャージー州のパタースンという小さな町で、ひとりの大工が近くの川から食用のために採ってきた貝のなかから、大きな真珠を発見したことに始まります。

 

この真珠は、あのティファニー宝石のチャールズ・ティファニーに買い取られ、まわりまわって最後にはフランスのウジェニイ皇后のものとなって「クイーン・パール」と呼ばれるようになり、この真珠が採れたニュースが一般に伝わるや、その川めがけてたくさんのひとが押し寄せたのはゴールドラッシュと同じでした。

 

ゴールドラッシュの時と違うのは、やる事は単に裸足で川に入って、足先で貝を探すだけでよかったために、おとなだけではなく子どもでも簡単に真珠探しに参加できたことです。

 

そのため、ひとつの川に生息していた貝が、完全に採られて消滅してしまうまでに時間はかからず、このパールラッシュ・ブームはペンシルバニア州、オハイオ州、テキサス州そして、コロラド州の川へと移っていって、中でも高い評価を受けたのが、ウイスコンシン州の川から採れた真珠で、特にシュガー・リバーという川からの真珠はロンドンなどに送られて、数年のうちに50万ドル以上の売り上げとなりました。

 

また、この地区に住んでいた先住民のインディアンたちは、真珠をさほど高く評価しなかったようで、このパールラッシュ以前に、インディアンたちが偶然に見つけた真珠は、幸福の石といわれていたものの、実際は子どもたちの遊び道具となっていて、これは、南アフリカでのダイヤモンド発見の時と同じような逸話です。

 

天然真珠産業の盛衰

さらに、1890年代初めから、このような貝の貝殻はボタン素材としても役に立つことがわかったために、ボタン工場があいついで建設されるようになり、ひとつの工場で毎年数万もの貝が乱獲されて周辺に貝がなくなると、その地区を見捨てて別の地方へと工場が移動するという自体が発生したために、貝の乱獲がアメリカの真珠産業に急速な終わりをもたらします。

 

もし、この頃に貝の乱獲を防止して、科学的な研究努力を少しでもこの方面へ向けていたならば、養殖真珠は今日、アメリカの特産物になっていたかもしれないでしょう。

 

そして、20世紀は真珠の時代といわれるようになるのですが、なかでも日本人が技術を確立していった養殖真珠産業は、世界の天然真珠採取業に大きな打撃を与えながら、、同時に天然真珠そのものも、貝の乱獲や海の汚染で消滅していきました。

 

エピソード

この移行期のエピソードがあって、それは、ニューヨークにロヴェンスキイという名前の大富豪の婦人がいました。

 

彼女は真珠の大愛好家でしたが、カルティエのニューヨーク支店のショーウィンドウに展示されていた見事な天然真珠55個と73個からなる2連の首飾りに魅せられてしまい、1916年にとうとう自分が五番街に所有していたビルひとつとその首飾りを交換してしまいます。

 

ところが、その数年後に出現した養殖真珠のおかげで、首飾りの価値は大きく低下してしまい、一方でビルのほうは、現在はカルティエのニューヨーク支店になっています。

 

これが、養殖真珠が世界を制覇する以前の真珠の宝石としての価値であり、その天然真珠の形は丸くなく、それぞれが形をもっているものであって、さらに、すべての天然真珠が乳白色の、いわゆる真珠色をしているわけではなく、実にさまざまなものです。

 

日本人の考え方との比較

私たちは自分の身の周りにあるものを当たり前のように見てしまう場合があるようで、真珠が良い例かもしれません。

 

現在、世界市場のなかでは、日本は生産や真珠流通の過半を制しているだけではなく、日本人が所有している宝石のなかで、この真珠が抜きん出て多く、見慣れたものとして扱いやすいのですが、この真珠こそ、さまざまな宝石のなかでも最古のひとに知られざる歴史を持つ特色のある宝石なのです。

 

日本人の真珠に対する冷淡さに比較して、ヨーロッパを含めた各国の人達は私たちが思う以上に真珠を好んでいるようで、イギリス王室やヨーロッパ各国の妃や王女に、アメリカでも有名女優などが好んで身に着けています。

 

歴史上の、真珠という言葉そのものは新約聖書には登場していて、ルネッサンス時代からバロック期にかけて、宝飾品として関心が高まっていき、現在は一般の呼び名になっている形のいびつなバロック真珠という名前はこの時代からきています。

 

世界では

そして、世界を見渡すと、ロシア帝国時代には貴重な装飾品として真珠が使われていたり、インドの古典や中国でも、時の権力者に真珠を献上するなどの文献が見つかっていて、北米や中米に居住していた現地人のインディオたちも、真珠を装飾や祭礼用に広く用いていました。

 

このように、世界の各地で古くから人類と馴染んでいた真珠は、その後も中世から現代にいたるまで、さまざまな用いられ方をしていて、たとえば、王侯貴族はその王冠に、貴婦人たちは衣服に直接縫い付ける飾りとして、そして、トルコ、ペルシャ、インドの太守(地域の権力者)たちは、そのターバンを飾るものとして、そして、中国人は漢方の素材として、実に壮大な量の真珠を使用していました。

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